いろは歌の解釈
ケイドウです。前回出したいろは歌の解釈を発表します。
いろは歌は
色は匂へど 散りぬるを 我が世誰ぞ 常ならむ 有為の奥山 今日越えて 浅き夢見じ 酔ひもせず
となります。
まず 「色」 と言う言葉は 般若心経にある 色即是空 の色と同義だと思われます。重要な仏教用語で、物質を表現する言葉です。したがって匂うと言う言葉は、人間の知覚一般を表す言葉と解釈されるでしょう。 有為の奥山と言うのは 縁起によって生じたすべての存在(有為)が無常な世を脱することの難しさを深山にもじった言葉です。
それで、全体の解釈は
物質は存在するように感じられるけれど、すべては移ろいゆく無常なものである。私と言う存在も同じように 儚いものである。生きとし生けるものは今も輪廻転生を繰り返しているけれど、それはまるで浅い夢を見ているかのようなものなのだと悟ることだ
という事になると思います。
いろは歌とは、このような世界観を47文字のひらがなを全て一度づつ使って表現すると言う作品なのです。神技ですね。
私は小学生の頃、死ぬ事を極度に恐れていた時期がありました。私の生は、無限に広がる宇宙と、永遠に続く時間の流れの中に偶然存在するに過ぎないものだと、思うと そのことはたまらなく寂しいものに感じられました。また自分の存在がいなくなった後も、自分の不在のままで永遠に時間が過ぎるのだと思うと、その無限が想像できなくて、何故人はこんな無限の中に放り投げられるような過酷な運命を背負うものなのかと考えていました。
昔の人たちはこの問題にどんな風に向き合って解決してきたのかと思い、いろいろな哲学書や、宗教書を読み始めたのが自分の人生の原点だと思っています。
さてさて アイウィル恒例となりました問題をだします。
次の英文は日本の有名な古典文学の一説をある英米作家が英訳したものです。この古典文学の作者と作品名を答えてください
Ceaselessly the river flows, and yet the water is
never the same.
今日は 無常づくし でした。
関連記事